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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)618号 判決 1968年1月19日

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告李は別紙目録記載の不動産が原告の所有であることを確認する。二、被告李は原告に対し右不動産について名古屋法務局古沢出張所昭和三九年四月一三日受付第一〇七三七号所有権移転仮登記に基き、昭和四二年二月四日附売買を原因とする所有権移転本登記手続をせよ。三、被告松波、同小原は原告に対し、原告が前項記載の所有権移転仮登記に基き昭和四二年二月四日附売買を原因とする所有権移転本登記手続をなすことを承諾せよ。四、被告李は原告に対し右不動産を明渡し、且つ昭和四二年三月一〇日から右明渡済みまで、一日一、五〇〇円の割合による金員を支払え。五、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに右二、三、四、項につき仮執行宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和三九年四月一三日頃被告李と別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)につき次のような売買一方の予約(以下本件売買予約という。)を締結し、名古屋法務局古沢出張所同日受付第一〇七三七号をもつて右予約に基く所有権移転仮登記を経由した。

1被告李が原告に対し現在及び将来において負担する債務を所定期日に履行しない場合は、原告は何時でも代金二五八万円で本件不動産の売買を完結し得ることを予約する。

2右売買予約完結の場合被告李は一ケ月以内に無条件で本件不動産を原告に明渡すこと、被告李が右明渡義務を履行しなかつたときは明渡完了まで一ケ月一五、〇〇〇円の損害金を支払うこと。

3原告は本件売買予約完結の場合被告李からあらかじめ交付されていた書類を使用して右所有権移転仮登記に基く所有権移転本登記手続をなしうること、

4原告は本件売買予約完結の場合被告李が原告に対して負担している債務と右売買代金をその対当額において相殺し、被告李に受取分勘定のあるときは同被告の右明渡完了後にこれを支払うこと、

二、原告は昭和三九年頃被告李と金融取引契約を締結し、同年四月一三日五〇万円を弁済期同年五月一二日と定め、同年七月一三日一五万円を弁済期同年八月一一日と定め、同年一一月一九日二〇万円を弁済期同年一二月一八日と定め、いずれも利息月五分五厘を前払い、遅延損害金百円につき一日三〇銭の約で貸与した。被告李は昭和四一年九月一九日頃原告に対し「近く信用組合から借入れができるからそれをもつて全額清算したいので、今迄の元本及び遅延損害金の合計額を改めて借受け従前の遅滞分を弁済したい。」旨申入れたので、原告は同日被告李に対し本件売買予約に基き二二五万円を利息月五分五厘前払い、弁済期昭和四一年一〇月一八日、遅延損害金百円につき一日三〇銭の約で貸与した。

三、原告は右の弁済期を昭和四一年一〇月二六日まで猶予したが、その後も被告李は元本はもとより遅延損害金も支払わなかつたので、原告は昭和四二年二月四日被告李に対し本件売買予約完結の意思表示をし、右同日本件不動産の所有権を取得した。

四、しかるに本件不動産につき前記仮登記後に被告松波のために名古屋法務局古沢出張所昭和四一年一一月二日受付第三四六七六号の売買予約に基く所有権移転請求権仮登記及び同出張所昭和四一年一一月九日受付第三五三七二号の根抵当権設定登記が各経由されており、更に被告小原のために同出張所昭和四一年一月二七日受付第二五三七号の根抵当権設定登記が経由されている。

五、よつて、原告は被告等に対し請求の趣旨どおりの判決を求める。旨述べ、被告等の主張並びに抗弁に対し原告が被告李より昭和三九年四月一三日から同四〇年二月一八日までの間に合計四一二、五〇〇円(内訳小切手によるもの一六五、五〇〇円、現金二四七、〇〇〇円)、昭和四〇年三月二二日から同四一年一月三一日までの間に合計二一四、三四五円(内訳小切手によるもの四七、八〇〇円、現金一六六、五四五円)、昭和四一年二月一日から同年一〇月二二日までの間現金で合計三四九、二六〇円の各弁済を受けたことは認めるも、その余は否認する。

旨答弁し、立証(省略)

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、第一項のうち本件不動産につき原告主張のような所有権移転仮登記が経由されていることは認めるもその余は否認する。第二項のうち被告李が原告から昭和三九年四月一三日五〇万円、同年七月一三日一五万円、同年一一月一九日二〇万円を各弁済期を定めず利息月五分五厘の約で借受けたことは認めるもその余は否認する。第三項は否認する。第四項は認める。

旨述べ、主張並びに抗弁として、

一、被告李が原告主張のような内容を記載した売買予約証書(甲第三号証)に署名押印したことはあるが、右は殆んど文字の読めない同被告が原告の社員訴外藤井清彦の言うがまゝに内容もわからぬまゝ署名押印したものであるから、右のような書面の存在から直ちに原告、被告李間に本件売買予約が成立したものということはできない。

二、仮に原告、被告李間に本件売買予約が成立しているとしても、同被告が原告より借受けた金額は前記のとおり八五万円であり、これに対し被告李は別紙第一表被告主張額欄記載のとおり昭和三九年四月一三日から同四一年一〇月二二日までの間合計一、二九九、八二〇円を弁済している。

債務者が利息制限法所定の制限をこえる金銭消費上の利息、損害金を任意に支払つたときは、右制限をこえる部分は民法四九一条により、残存元本に充当されるものと解すべきであるから、仮に被告李が右一、二九九、八二〇円を右貸金元本に対する利息として任意に支払つたとしても利息制限法所定の利息年一割八分をこえる部分は残存元本に充当されることになり、その結果本件貸金は次のとおり昭和四二年二月一〇日までに完済されたことになる。

500,000円×0.18÷12×34ケ月=255,000円………元本50万円に対する法定利息

150,000円×0.18÷12×31ケ月=69,750円………元本15万円に対する法定利息

200,000円×0.18÷12×27ケ月=80,156円………元本20万円に対する法定利息

255,000円+69,750円+80,156円+850,000円=1,254,906円………元利合計額

もつとも被告李は昭和四一年九月一九日原告より二二五万円を借受けた旨記載した領収証(甲第二号証)金銭取引約定書(甲第一号証)に押印したことがあるが、右は原告の社員が同被告方を訪れ「従前の帳簿を整理したいので、金額を一応二二五万円とする。若しこれがいやなら明日にでも仮登記を本登記にしてお前達を居れぬようにしてやる。」旨申し向けたので事情を知らない被告李はその強硬な態度に押されて右書面に押印したのである。

三、以上のとおり原告が本件売買予約完結の意思表示をしたと主張する。昭和四二年二月四日当時被告李は原告に対し一銭の債務も負担していないのであるから、原告の右予約完結の意思表示は無効であり、これが有効であることを前提とする原告の本訴請求は失当である。

旨述べ、立証(省略)

理由

一、本件不動産につき原告主張のような所有権移転仮登記が経由されていること、被告李が原告から昭和三九年四月一三日五〇万円、同年七月一三日一五万円、同年一一月一九日二〇万円を利息月五分五厘の約で借受けたことは当事者間に争いがない。

二、甲第三号証(売買予約証書)中被告李の署名押印が真正であることは当事者間に争いがないから、特に反証のない本件においては(後記認定参照)同号証中同被告作成名義部分は民事訴訟法三二六条により真正に成立したものと推定され、また同号証中原告作成名義部分は証人藤井清彦の証言により真正に成立したものと認められ、官署作成部分は成立に争いがないところ、右甲第三号証に成立に争いのない甲第一、七、八号証証人藤井清彦の証言及び前項争いのない事実を綜合すると、被告李は昭和三九年四月一三日頃原告と本件売買予約を締結したことが認められる。

被告等は、甲一号証は殆んど文字の続めない被告李が内容もわからぬまゝ署名押印した旨主張するが、右主張にそう証人安田よ志の証言及び被告李本人尋問の結果は証人藤井清彦の証言に比して措信し難く、他に甲第三号証の成立に関する前記推定を覆えすに足る証拠はない。

三、前掲甲第一、三、七、八号証、成立に争いのない甲第二、四号証、第一三ないし一五号証、第一七、一八号証、証人藤井清彦の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証、第一六、一九号証、成立に争いのない乙第二号証の一、二、同号証の四ないし一四、同号証の一六、第三号証、第五号証の一ないし八、第六号証、証人安田よ志の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、第四号証、乙第二号証の、一五欄外の鉛筆書きの部分を除き成立に争いがなく、同部分は証人安田よ志の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の三に証人藤井清彦、同安田よ志の各証言、被告李本人尋問の各結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く。)並びに前記認定事実を綜合すると、原告は金融業等を営む株式会社であるが、昭和三九年四月一三日頃被告李と金融取引契約を締結し、同年四月一三日五〇万円を弁済期同年五月一二日と定め、同年七月一三日一五万円を弁済期同年八月一一日と定め、同年一一月一九日二〇万円を弁済期同年一二月一八日と定め、いずれも利息月五分五厘を前払い、遅延損害金百円につき一日三〇銭の約で貸与したこと、被告李は原告との間で昭和四〇年五月四日頃右三口の貸金元本及びこれに対する残存遅延損害金五万円の合計九〇万円を目的として弁済期昭和四〇年五月一八日なる貸金契約を、同年一〇月一六日頃右元本九〇万円及びこれに対する遅延損害金三五万円の合計一二五万円を目的として弁済期昭和四〇年一一月四日なる貸金契約を、昭和四一年一月一七日頃右元本一二五万円及びこれに対する遅延損害金三五万円の合計一六〇万円を目的として弁済期同年二月一五日なる貸金契約を、同年九月一九日頃右元本一六〇万円及びこれに対する遅延損害金六五万円の合計二二五万円を目的として弁済期同年一〇月一八日(後に同月二六日に延期した。)なる貸金契約(但しいずれも利息は月五分五厘の前払、遅延損害金百円につき一日三〇銭の約。)を締結したこと、被告李は原告に対し右各貸金に対する約定利息及び遅延損害金として別紙第一表(弁済明細書)当裁判所の認定額欄記載のとおりの弁済をしたことが認められ、右認定に反する乙第一号証、乙第二号証の三、証人藤井清彦、同安田よ志の各証言及び被告本人尋問の結果は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。以上認定事実を綜合すると原告は昭和四〇年五月四日、同年一〇月一六日、昭和四一年一月一七日、同年五月一九日頃各被告李との間で従前の貸金元本にこれに対する約定遅延損害金を加算した金員を準消費貸借の目的とする契約を締結したものと認めるのが相当である。(もつとも証人藤井清彦及び同安田よ志の各証言を綜合すると原告社員訴外藤井清彦(以下藤井という。)は昭和四一年五月一九日頃被告李に対し金額二二五万円、支払場所株式会社東海銀行、振出人原告なる小切手一通を交付し、同被告をして該小切手に裏書させたことが認められるが、証人安田よ志の証言によれば藤井は被告李が裏書をした後直ちに右小切手を取り上げ、同被告が右小切手を現金化する機会を与えなかつたことが認められるから、右小切手の交付をもつて原告が被告李に二二五万円を交付したものと認めることはできない)。ところで債務者が利息制限法所定の制限をこえる金銭消費上の利息、損害金を任意に支払つたときは、右制限をこえる部分は民法四九一条により残存元本に充当されるものと解すべきであるから、被告李が原告に対し弁済した前記金員中利息制限法所定の利息及び遅延損害金をこえる部分は残存元本に充当されることになる。

従つて被告李が原告との間で前記認定のような消費貸借契約を締結した当時の従前の残存貸金元本及びこれに対する利息制限法第四条所定の範囲内における残存遅延損害金は別紙第二表のとおり昭和四〇年五月四日現在残存元本五六九、一四四円、残存遅延損害金一、九〇三円、同年一〇月一六日現在残存元本五三七、五〇三円、残存遅延損害金一〇、一八〇円、昭和四一年一月一七日現在残存元本五三八、二五六円、残存遅延損害金三八、七二四円、同年五月一九日現在残存元本三〇四、六〇九円、残存遅延損害金三二、四二〇円となる。ところで準消費貸借契約は既存債務に基いて新債務を成立させる契約であるから、基礎となる債務が存在しない以上準消費貸借は成立しないものといわなければならないので、被告李と原告間の前記準消費貸借は各契約締結時における残存元本及び残存遅延損害金の合計額即ち昭和四〇年五月四日の契約については五七一、〇四九円、同年一〇月一六日の契約については五四七、六八三円、昭和四一年一月一七日の契約については五七六、九八〇円、同年五月一九日の契約について三三七、〇二九円の限度で成立したものと認めるのが相当である。

そして、成立に争いのない甲第一〇号証に証人藤井清彦の証言を綜合すると原告は被告李に対する二二五万円の貸金債権が遅滞に陥つていることを理由に昭和四二年二月一〇日到達した書面をもつて同被告に対し本件売買予約完結の意思表示をしたことが認められるところ、右のような計算によると右同日における残存貸金元本は別紙第二表のとおり三一二、三四六円、延滞遅延損害金は二九、九一六円となるので、右の予約完結の意思表示により原告が本件不動産の所有権を取得するかどうかが問題となる。前記認定によれば本件売買予約には被告李が原告に対し現在及び将来において負担する債務を所定期日に履行しない場合は、原告は何時でも代金二五八万円で本件不動産の売買を完結しうる。原告が本件売買予約を完結した場合、原告は被告李に対して有する債権と右売買代金とをその対当額において相殺し、被告李に受取勘定あるときは同被告の本件不動産明渡完了後にこれを支払う旨の約定があるから、被告李の残存債務が極めて少額になつた場合でも、本件予約完結権を行使し、本件不動産の所有権を取得しうるものと解せないこともないが、前記認定事実を綜合すると、本件売買予約は本件不動産から貸金債権(但しその極度額は予約締結時に定められた売買価格二五八万円)の優先弁済を受ける目的で締結されたものであることが認められるから、予約完結時の存続債権額が弁済により予約締結当初の債権額より減少し、予め定められた売買価格に比し極めて少額になつた場合、債権者が少額の残存債権の優先弁済を受けるために売買予約完結権を行使し被担保物件の所有権を取得することは権利の濫用として許容されないものといわなければならない。本件売買予約完結当時の残存債権は前記のとおり元利合計が三四二、二六二円であつて、本件貸金三口の元金合計八五万円の約五分の二、予め定められた売買価格二五八万円の約八分の一に過ぎないから、右残存債権の優先弁済を受けるために本件売買予約権を行使して本件不動産の所有権を取得することは権利の濫用として許されないものというべきである。

五、よつて本件予約完結の意思表示により本件不動産の所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当であるから、これを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

第一表(弁済明細表)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙

第二表(計算書)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙

物件目録

第一名古屋市熱出区伝馬町五丁目五二番の一七

宅地    八八・一六平方米(二六坪六合七勺)

第二右同丁目六五番の二

宅地    一六・五二平方米(五坪)

第三名古屋市熱出区伝馬町五丁目五二番地の一七

家屋番号 同目第一三七番

木造瓦葺二階建店舗

床面積 一階六二・二四平方米(一八坪八合三勺)

二階二六・八四平方米(八坪一合二勺)

附属建物(未登記)

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置

床面積  二九・七五平方米(九坪)

右物件に附随した造作其の他一切有形の儘

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